513/『黒鉄の意志』第二巻 第二章 四平市攻防戦 I
土, 2010-07-10 20:37 / by くんくたとる
I
一斉に撃ち上げられた照明弾が数百メートル前方の上空で炸裂し、またいくつもの投光器も一斉に点灯して、うごめく人民兵の群れを明々と照らしだした。
「撃ち方始めーッ!」
中隊長や小隊長たちが口々に叫び、その次の瞬間、九二式重機関銃から二式短機関銃、三式軽機関銃、五式半自動小銃に至る、ずらりと並んだ銃口が、猛然と発砲炎を閃かせる。
一二月一七日、〇三時〇〇分を少し過ぎた時。遼源市方面から更刻郷へとひそかに迫りつつあった人民軍第一九軍の、約三万の将兵に対し、同郷を防御する日本陸軍第七軍第四二師団の防御火力が牙を剥いた瞬間であった。
照らし出された人民兵が、みるみる朱に染まって倒れ伏す。
もちろん、彼らも撃ち返す。腹ばいになってモシン・ナガンM1891/30ライフルを構え、反撃を試みる。
光から身を隠そうと、移動を試みるグループもある。姿勢を低くして駆けだす、約一個小隊の人民兵。
だが、日本軍の投光器の光が、その敵小隊を追いかける。その光に誘導されて、銃火の一部が彼らに集束し、たちまちその小隊は屍の塊と化していく。
投光器と照明弾が人民兵の密集している場所を照らし出す都度、そこに七五ミリ対戦車砲が直接照準で榴弾を撃ち込み、また迫撃砲もぽんぽんと砲弾を撃ち込んで、一度に一〇人、二〇人という単位で、人民兵はただの肉塊へと変えられていく。
さらに、前線の各部隊からの通報にしたがって、後方に布陣する師団砲兵も、一〇五ミリ又は一五〇ミリの榴弾砲弾の雨を降らせる。
これだけの阻止射撃にさらされながらも、人民軍の将兵たちはなお、勇敢であった。彼らは、日本軍が浴びせかける弾雨の中、その陣地帯へとにじり寄り、死をもたらす光を投げかけてくる投光器を狙撃してライトを破壊し、チャルメラの音を合図に手榴弾を投げつける。
だが、その時、絶望的な音が届き始めた。鉄が地面を噛みしめる音。きゅたきゅたと、鋼鉄の獣が迫る音。
第四二師団の師団戦車隊に属する四式中戦車であった。
同師団は、戦車隊を、人民軍の攻撃が特に激しい地点に中隊・小隊単位で投入し、防戦を掩護させたのである。
仮に、人民軍にも戦車があれば、多少は状況は変わっていたかもしれない。人民軍の主力戦車T34/85は、日本軍の四式中戦車よりも性能で優れていることは、衆目一致するところであった。小分けにされて投入された日本軍の戦車に、痛打を浴びせ得たかもしれない。
しかし、この時点で、人民軍第一九軍の装甲予備部隊は既に泉太鎮の戦いで壊滅していたし、各歩兵師団の師団戦車隊の車両も、撃破されているか、燃料不足や整備不良で行動不能であった。
この時、この更刻郷への夜明け前の襲撃を敢行した人民軍第一九軍には、砲兵の支援も、戦車もなかった。待ち構えていた日本軍には、そのどちらもあった。
それは、あまりにも一方的な、虐殺と称しても差し支えない光景であった。
更刻郷を突破し、後方連絡線を確保するとともに日本軍戦車第一師団の後方連絡線を寸断する――という人民軍第一九軍の目論見は、同郷近郊で待ち構えていた日本軍第四二師団の防御火力の前に、脆くも崩れ去った。
人民軍第一九軍の夜明け前の強襲は、日本軍第四二師団の防御線を約三〇〇メートル押し戻した代償として、約五〇〇〇名の人的損害を出し、朝の訪れとともに攻撃中止の発令を余儀なくされた。
昭和二一年(一九四六年)一二月一七日は、こうして始まった。
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