#[[[またぞろ微妙に手入れ中]]]

また手入れ中です。
管理的なアップデートとかもだけど、デザイン面でこの前からちょこちょこと見直し中。概ね方向性のアタリが付いたので、近々トップ絵(というかバナー的なもの)を入れて、細かい調整をしてひとまず完了という流れ。ほんの少しの間画面が白っぽいですがご勘弁を。

#[[[戦争という名の「希望」〜「東のエデン」が示した日本]]]

[画像]
「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」
 このタイトルで2007年1月号「論座」(2008年10月号にて休刊)に掲載された赤木智弘の論文が、日本の論壇にセンセーショナルを巻き起こしたのはもう2年も前のことだ。その衝撃は当時、顕在化しつつあった小泉構造改革の負の部分を「弱者」と呼ばれる立場から痛烈に指摘したからに他ならない。

#[[[結局17"の林檎ノートを。]]]

そんな訳で結局17"の方を購入。

まー型落ちの奴を……

本体のHDD容量そんなに要らないし、価格とCPUで天秤にかけて価格を取った感じで。
1月に出たときから「次はコレがいいなあ」と漠然と思ってたけど、今回やっぱ15"にしなくて良かったなと。

#[[[057/第五章  炎一号作戦 XV]]]

                   XV

 八月三〇日、金曜日。
 〇七時〇〇分頃、日本陸軍飛行第四七、六四両戦隊の四式戦闘機“疾風”七二機が、硫黄島の大漢人民連邦軍基地を急襲した。

#[[[056/第五章  炎一号作戦 XIV]]]

                   XIV

 八月二九日、木曜日。炎一号作戦、発動。
 の、はずであった。
「駄目ですね」
 竹永一雄中尉が、断言した。
「本州全域にかけて雨。関東地区も随分降っとるようです。航空機の発着陸ができるような天候ではありません」
 連合艦隊司令部気象長の断定に、一同は憮然となった。

#[[[055/第五章  炎一号作戦 XIII]]]

                   XIII

 八月二五日、日曜日。
一〇時〇〇分、呉鎮守府司令部大講堂。
 一昨日、神戸に到着したばかりのハワイからの増援部隊の指揮官を含む、日本連合艦隊及び米第七艦隊の各級幹部が一堂に会した。

「これより、炎一号作戦の概要を説明する」
 保は、壇上から居並ぶ日米の指揮官たちに向けて声を張り上げた。

#[[[054/第五章  炎一号作戦 XII]]]

                   XII

「こんなものがお役に立つかどうかはわからないが」
 隻腕にして隻眼の男が、ひどく生硬な英語で言った。
「もし我が同盟国たる日本のお役に立てるのであれば、私はドイツ軍人として大変嬉しく思う」
「ありがとうございます、シュタウフェンベルク少将」

#[[[053/第五章  炎一号作戦 XI]]]

                            XI

 果てしなく馬鹿馬鹿しいことというのは、世の中に時としてあるものである。

 ハワイでの実務担当者協議の結果、充分な対艦戦闘能力を有する敵戦略爆撃兵団の脅威に対抗するため、作戦に参加する航空戦力の増強が必要であるとの認識で日米双方は一致し、それぞれの国の陸軍航空部隊に作戦への協力を求めることとされた。

#[[[052/第五章  炎一号作戦 X]]]

                   X

「人民空軍が昨晩掲げた大戦果に、お慶び申し上げる」
 呂志明は、言った。
「同志趙翔敏中将、あなた方空軍は、非常によい仕事をしてくれた。人民海軍として、大いに感謝したい」
「犠牲は、決して小さくはありませんでした」
 人民空軍第四航空軍の司令官、趙翔敏空軍中将は、でっぷりとした腹をゆらしながら言った。

#[[[051/第五章  炎一号作戦 IX]]]

                   XI

 東ドイツから大漢人民連邦が入手した新兵器、Hs293を使用したのは、三六機のHe277重爆であった。
 妖撃一号編隊との呼称を与えられたこの特殊攻撃部隊は、日米艦隊の集中的な対空射撃を食らい、実に二五機を撃墜されたが、掲げた戦果も大きかった。
 軽巡<アトランタ>、駆逐艦<プリングル><朧><清霜>を撃沈。

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